北海道の山々1/関西の山の会会員募集「山があるクラブ・U」登山クラブ

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話題16 北海道の山々1
     
 大雪山、トムラウシ山、十勝岳そして富良野岳等の表大雪の豊かな自然、ウペペサンケ山、ニペソツ山、
      石狩岳等の静かな東大雪の山々。幌尻岳、カムイエクウチカウシ山、ペテガリ岳、神威岳等のアクセス
      しにくく鋭い稜線を連ねた雄大な山々や楽古岳、アポイ山等の近い山もある長大な日高山脈、尖峰芦別岳
      や花の夕張岳の夕張山地など。

 北海道は私達の世代の人間には、今でも開拓と言う言葉が、どこかについて回ります。
 北海道の開拓は明治政府の対ロシアという北辺防衛および、東北地方の戊辰戦争で敗れた藩および藩士の対策と言う意味もあって国策として進められたことは歴史教科書にもよく語られています。屯田兵と言う言葉も教科書で習う言葉です。明治初期の国内の叛乱事件等の政治犯や重大犯を収容するために作られた樺戸や網走等の集治監や監獄とその収容者達の強制労働と多大な犠牲によって多くの道路が作られたことも忘れてはならない。
 もちろん北海道南部の海沿いには戦国時代から本州の武士や漁民が渡り、ニシン、サケそしてコンブ漁を行い、元から居住していたアイヌの人達が次第に不本意な生活を強いられていた歴史も、そして徳川幕藩体制の末期にはロシア船の出没もあり、藩詰め所や城の設置、そして海岸測量や内陸の探査などもおこなわれていた歴史もあります。
 第二次世界大戦の敗戦の後、満州等から引き上げてきた人達によって北海道はもう一度開拓が始まった。特に内陸奥地や道東の寒冷地でそうした開拓が進められました。
 夏は冷たい風と霧で、牧草さえ満足に育たない海岸近くの沼沢地などを見ると多くの人が絶望して去って行った無念さを感じます。とにかく私が北海道という名前を知った頃はこうした第二の開拓が行われ始めた頃でした。
 社会人になっても北海道は依然遠い土地でした。1988年に青函トルネル完成とJR津軽海峡線開通までは青函連絡船で渡らなくてはならず、航空機で北海道へ行くのが当たり前になるのは1985年頃からで、それも便数が少なくて、チケツトの入手はなかなか難しいものでした。

 私が初めて北海道の山へ登ったのは1991年5月の阿寒三山と斜里岳で、この年は7月旭岳から十勝岳の縦走と9月の羊蹄山も訪れました。以降毎年北海道の山に登るようになり、98年からはスキーでも毎シーズン訪ねるようになりました。2002年には22日間、2004年には24日間北海道の山やゲレンデで過ごしてました。

 このページではそうした北海道の山々の中で北海道中央の大雪山系や襟裳岬まで厳しい稜線を連ねている日高山脈の中ですぐれた山々を簡単に紹介します。

 大雪山系
 狭い意味で大雪山と呼ばれるのは北海道の最高峰、旭岳(2290.9m)、第2峰、北鎮岳(2244m)、黒岳、北海岳、間宮岳等、お鉢平カルデラを取り巻く外輪の山々です。そしてさらに北海岳から東や南に連なる赤岳、緑岳、白雲岳そしてそれらをさらに取り巻くような高根ヶ原の溶岩台地や沼の平や裾合平等の湿原あたりまでです。
 旭岳はロープウェー頂上の姿見駅付近からは地獄谷の幾つもの噴気が見える辺りは景色もいい。姿見付近の一面のチングルマのお花畑やその秋の紅葉と新雪で白くなった旭岳の対比も素晴らしい。頂上へは火山礫の崩れやすい路を2時間余り登らなくてはなりませんがトムラウシ山や十勝連峰の展望もきき、なにより北海道の頂点に立った気持ちのよさに酔うことができます。ここからは北海岳経由で白雲岳方面へ行くことも、北鎮岳経由で、黒岳やその麓の層雲峡温泉へ降りることもできます。

 花の好きな人には白雲避難小屋をベースにして北海岳(エゾコザクラ)、赤岳(コマクサ)、緑岳そして高根ヶ原(コマクサ)の散策が素晴らしい。季節は7月中旬がベストですがなにしろ絶好の位置にある避難小屋はこの頃大変混雑します。できればテント持参で、隣接のキャンプ地で野営することを薦めます。
 ここへは先の旭岳からも、層雲峡、黒岳経由でもまた銀泉台から赤岳経由でも来られます。銀泉台からの登りではアオノツガザクラ、エゾノツガザクラが一面広がった斜面を登り、赤岳頂上周辺ではコマクサの群落に会うことができます。銀泉台はナナカマドの紅葉で知られています。9月20日前後、日本で最も早い紅葉が見られます。私も1998年から2001年の4年間毎年その撮影に通いましたが、一度目は遅く、2度目からはいすれも雪が降り、紅葉が隠されたり、色がくすんだりして満足な写真は撮れていません。
 他に紅葉の素晴らしい所としては北鎮岳から西へ伸びた稜線につらなる当麻岳の山腹やその麓の沼の平湿原、そして裾合平があります。前者は愛山渓温泉から、後者は姿見駅から行くのがいいと思います。紅葉の中当麻岳の山腹から見下ろした沼の平湿原のいくつもの池やずっと遠くまで広がる森、そして真下に見える裾合平の草紅葉と池塘群が青い空を映した景色は絶景です。大雪高原温泉周辺の紅葉もまたきれいです。

 旭川空港周辺からは大雪山からトムラウシ、十勝連峰までの山々がきれいに並んで見られます。一面のヒマワリ畑の上に白く光った峰々が連なった景色は迫力あります。

 
 旭川空港周辺からの大雪山(左)〜トムラウシ山(中)〜十勝連峰(右)  2008年10月 (2枚の写真をパノラマ合成)


     
 当麻岳から沼ノ平方面を見る 1999年9月    裾合平から旭岳を望む 2001年9月

 トムラウシ山(2141m)
 日本の山好きな人達にとって一番の憧れの山がトムラウシ山とか。百名山をめざす人にとってもトムラウシ山と後で述べる日高山脈の幌尻岳(2052m)が最も人気があると言われています。確かに日帰りで行って来られる山でないということで、遠い山です。
 もっとも最近はトムラウシ山も十勝側のトムラウシ温泉からのコースが整備されてトムラウシ温泉に一泊してから日帰り往復できるようになりました。
 旭川や富良野など西から見ると旭岳とから十勝連峰へと連なる峰々の丁度真ん中に三つのピークからなる頂を見せています。この特徴的な頂は旭岳などからも容易に識別できます。 
 私がこの山へ登ったのは1991年7月のことでした。計6名の旭岳から十勝岳、上ホロカメツトク山(1920m)までの4泊5日のテントによる縦走でした。一泊目は白雲避難小屋脇、2泊目がトムラウシ山南沼、3泊目はオプタテシケ山(2012m)山頂そして4泊目は上ホロカメットク山避難小屋でした。
 この山行では北海岳〜白雲避難小屋間、高根ヶ原、五色ヶ原、トムラウシ周辺、黄金ヶ原のお花畑の美しさオプタテシケの600mの登り、霧の中の十勝岳の砂地の歩きが強く記憶されています。特にトムラウシ北沼付近のチングルマ他の花々そして黄金ヶ原のエゾノキンバイのお花畑は印象的でした。
そうしたこともあって2012年7月再度のトムラウシ山へ挑戦しました。トムラウシ山のすべての魅力を味わい尽くしたくて、トムラウシ温泉からヒサゴ沼と南沼でのテント2泊の贅沢版でした。天気もよくて目的をはたすことができました。(山行記録のページ参照。)
 2002年9月にはもうひとつのアプローチとして石狩川最上流とも言えるクチャンベツ川側から沼ノ原湿原へ行ってみました。沼ノ原は東大雪と大雪山の接点にあり、山上の湿原があり、池塘にトムラウシ山を映す静謐なところです。大雪山系の中でヒグマが最も多いという話もあります。

     
 沼ノ原からトムラウシ山を望む 2002年9月    化雲岳〜トムラウシ山間からヒサゴ沼とニペソツ山を
望む 2012年7月


 十勝連峰
 大雪山、トムラウシ山の南に連なる十勝連峰は麓からのアプローチもよく、登りやすい山々です。麓には白金温泉や十勝岳温泉等の温泉が幾つもあり、宿泊もできます。
 この連峰を展望するには国道237号線を美瑛町から富良野市へ越えるあたり、深山峠あたりがよくて、パッチワーク状の畑地の起伏の向うに白銀の山々を眺めることができます。冬ならは畑も一面の雪面の起伏が広がります。この景色を最初に紹介した写真家、故前田真三氏の写真館、拓真館も近くにあります。
 十勝岳(2077m)は活火山で、明治以後度々噴火して、雪を融かした泥流などで大きな被害を出しています。
 白金温泉から登山路があり、避難小屋、昭和火口を経て頂上へ着けます。頂上付近は幾つかの火口が分散し、火山灰、火山礫だけの山肌で、目標もなく霧の時など迷いやすいので注意が必要です。山スキーで登山てきる山ですが、南西の三段山などはシーズンには多くの山スキーヤーが集まるそうです。
 連峰の南端の富良野岳(1912m)も形のいい山で、雪の時など、北海道離れしたアルペン的な様相となります。展望、高山植物、そして赤く口を安政火口の向うに十勝岳を見たり、南東の麓に人手の薄い原始ヶ原の森林や湿原を見下ろすのもこの山の取り得です。

     
 富良野岳から安政火口越えに十勝岳を望む 2001年9月
デジタルCAPA Photoコンペテイション最優秀賞受賞( 2001.12号61頁) 
   富良野岳 1995年10月


 東大雪山系
 上川支庁と十勝支庁を結ぶ国道39号線の支庁境、三国峠の西から南へ連なる山々は東大雪山系と呼ばれている。ニペソツ岳(2013m)や石狩岳(1967m)等、標高は高い。
 ニペソツ山は北海道の山には珍しく鋭く尖った山で、積雪期は真っ白なピークを突き出して誰もが気にする山です。日本百名山を選んだ深田久弥が、編集当時まだこの山へ登っていなかったため、選から落とし、後日ひどく後悔した山でもあります。
 東麓の幌加温泉をベースにして、杉沢から尾根を小天狗まで登り、主稜を前天狗、天狗岳のピークをたどって主ピークへ登ります。標準登り4:50、下り3:20ですが、私が1992年5月に登ったときは雪路が主だったためそれよりずっと短い時間しかかかりませんでした。とにかく素晴らしい山です。いつかは真っ白のピークと東壁を写真に収めたいと思っています。3月か4月頃に行かないと無理でしょう。
 1999年の石狩岳、音更岳(1932m)、ユニ石狩岳の縦走では霧のため山容はよく分かりませんでしたが石狩岳のエゾツガザクラのお花畑は見事でした。東大雪南端のウペペサンケ山も大きな山でしたが、とにかく蚊とブヨがやたらと多く、人一人に100匹近い虫が付いて回りました。これまでの山の経験では最高に虫の多い山でした。
 その他然別湖の周辺に東ヌプカウシヌプリ(1252m)とか天望山(1174m)と言った手軽に展望を楽しめる山にも登りました。

 北大雪山系
 大雪山の東北、石狩川の対岸に1700m〜1900mの標高の山塊があります。これを北大雪山とか北大雪山系と呼んでいます。
 最高峰はニセイカウシュッペ(1883m)、武利岳(1876m)などがあります。
 私が登っているのはニセイカウシュッペのみですが、結構鋭くたっている山で、頂上周辺は樹木がなくて、草原のお花畑になっています。訪ねる人もすくなくなかなかにいい山です。上川から国道237号線で東に入り、途中古川林道を終点まで走ってから登ります。

     
 ニセイカウシュッペ山への登り 2003年7月
同行の岡村氏撮影
   ニセイカウシュッペ山の下り 1830mの無名ピーク
 2003年7月



 この山の東には白滝側から入る山として比麻良山(1796m)や平山(1771m)があり、お花畑がいいと言われています。
 層雲峡側からは武華岳(1759m)、武利岳(1876m)への登山路があります。地味な感じの山です。
 
この他、北大雪の範疇には入りませんが天塩山があります。手塩山塊の盟主であり、大河手塩川の源流の山です。西側の手塩川から登ります。登山口には立派なヒュッテもあります。特に目立った特長はありませんが、頂上からの展望はよく、斜里岳、羅臼岳も望め、天気さえよければ利尻山まで見えるそうです。360度見渡す限りの森で人工物が見られない光景に圧倒されます。

 夕張山地
 富良野盆地を挟んで十勝連峰と並走するのが夕張山地です。
 南の夕張岳、北へ芦別岳そしてさらに北に富良野西岳やフラノスキー場の北ノ峰が連なります。
 夕張岳(1666.7m)は超塩基性の蛇紋岩からなり、ユウバリあるいはユウパリの名を冠した固有種も20種近く生育しています。ユウバリソウは白馬岳などに見られる紫花のウルップソウ(キンポウゲ科)の白花種です。風の強い稜線の礫地、風衝地に生えています。一般的な高山植物も多数種生育していますが、種類は多いものの、大きな群生を見ることはありません。
 芦別岳(1726m)は北海道には珍しくアルペン的な風貌を見せている山です。雪田を残した草原から頂上まで屹立した岩壁は迫力満点です。登り甲斐のある山です。

 日高山脈
 北海道の中心から南の襟裳岬へ向けて真っ直ぐ伸びているのが日高山脈です。襟裳岬からはさらに南の海中まで峰が延びています。約2500万年前、千島弧等のオホーツク地塊が元の北海度にぶつかって出来ました。北海道の高山では唯一の非火山性の山々です。ナタで削ったようなシャープな山肌が稜線から谷底まで続いています。日本の他のどこの山にもないような造形です。
 北部の幌尻岳、中部のカムイエクウチカウシ山〜ペテガリ岳、そして南部の山々に分けると分かりやすいと思います。
 幌尻岳はアプローチも長く、なかなか行きにくい山です。憧れの山という点で百名山の中でトムラウシ山と人気を二分しています。
 私が単独で訪れたのは1992年7月のことでした。鵡川からバスで穂別へ行き、ここで1拍し、翌朝峠越えのバスで沙流川域の振内へ出て、さらにタクシーで峠を越えて額平(ヌカビラ)川を遡り、林道の途中にあるゲートもタクシーの運転手の持つ鍵で抜けて林道終点まで入れて助かりました。ここからは額平(ヌカビラ)川の沢登りで幌尻山荘に着きました。。今もこの山荘が幌尻登山のベースとなっていて、ここから日帰りでピストンするのが普通です。
 沢を少し遡ってから右手の山路に入り、カールの左側の稜線をたどると頂上です。背の低い高山植物が一面に広がっていました。
 ここからさらに北へ転じて、雪の斜面を下り七ツ池カールの底まで行き、幕営しました。ここは有数のヒグマ生息地ですが、幸い帯広から来ていた2人組みと一緒に大量の枯れ枝を集め、一晩もつヒグマ除けの焚き火としました。池の端の楽しいキャンプでした。
 翌日戸蔦別岳(1959m)へ登りハイマツの中の踏み分けを沢まで下り、さらに沢下りして幌尻山荘へ戻りました。
 林道歩きと沢登りが辛いところですが、沢は傾斜もなく、雨の後でなければ、わりと容易に遡れます。

 幌尻岳の北や東には1700m〜1900mのいくつもの高峰があります。芽室岳(1763.7m)、チロロ岳(1879.9m)、ルベシベ岳(1740.9m)やピパイロ岳(1916.6m)などです。いずれも十勝の芽室側からアクセスできます。私は2005年5月、雪の春山でしたがピパイロ岳の東隣の伏見岳(1792m)へ登りました。幌尻岳、戸蔦別岳、北戸蔦別岳のカール群が見事でした。稜線と斜面の厳しさも日高特有な感じでした。

 
 伏見岳からの幌尻岳(左奥)、戸蔦別岳のカール群、北戸蔦別岳(中)、
ピパイロ岳(右)2005年5月 (2枚の写真をパノラマ合成)


 中部のカムイエクウチカウシ山は盛り上がりのある三角形でボリューム感があり、好きな山です。略称は"カムエク"です。
 中札内から清流札内川を林道10キロ、その後沢登りとなります。テントは八ノ沢分岐が一般的ですが、私達はそれより上がった三俣で張りました。簡単な沢登りで八の沢カールに出ます。ここは1970年7月福岡大学のワンダーフォーゲル部の5名がヒグマに襲われ亡くなったところです。カールのウコンウツギの中の路をたどって右の稜線に出て、そこで左のハイマツの稜線を行くと頂上に着きます。日高山脈のど真ん中で360度の展望があります。先の稜線に出たところで逆に左に行くときれいな三角形でピラミッド峰とよばれている1853m峰があります。カールからの下り三俣手前て迷い路もあり、滑り落ちやすい岩壁があります。私も滑り、あわや死ぬかと思ったこともありましたので十分な注意が必要です。
 
 ペテガリ岳(1736m)も遠い山で、沢登りと峠越えしなくてはなりません。神威岳のベースである神威山荘まで車で入って、そこで1泊し、翌日コイコクシュシピチャリ川域のペテカリ山荘まで1日行程となります。この山荘からは長い西稜の森の中を歩き、最後はハイマツの路を直登します。
 この山の冬期登頂は北海道大学山岳部によって1943年1月に北尾根ルートで達成されたが、これは1934年以来毎年の試みと、1939年1月、雪崩のため隊員10名中8名が死亡するという犠牲の上になされたものです。
 1948年12月から翌1月、早稲田大学山岳部が国内で初めて極地法(複数のテントを順次進めて行く方法)で1ヶ月をかけて長大な東尾根から登頂に成功した。これは国語の教科書にも載り、勉強したものです。(小島六郎編著 ペテガリ遠征記 1948)

 神威岳(1600.6m)、さらに南部の楽古岳(1471.9m)は割りに容易に登れる山です。
 また襟裳岬に近い、アポイ岳(810.6m.)は高山植物でよく知られた山です。夕張岳とも同じく、蛇紋岩からなり、多くの固有種があります。特にヒダカソウ(キンポウゲ科)は絶滅に瀕した固有種で現在、生育地への立入りは禁止されています。私がアポイ岳を訪ねたのは1995年7月と1999年5月でしたが、幸い1999年5月の訪問では3〜4輪の花を見ることができました。

予告
北海道の山々2
  
    利尻山、礼文、知床羅臼岳は夏の花々が見事。暑寒別岳は春の山スキーと夏山への再登、夏の雨竜湿
      原は北海道の"尾瀬"。ウェンシリ岳、ピヤシリ山等の北辺の山々、阿寒の火山群。
      立ち木も全くないなだらかな稜線のニセコ山群の春山スキーは爽快です。羊蹄山、樽前山、不風死山、恵
      庭岳、ホロホロ山、ホロムイ山等の火山群、渡島半島の狩場山、大千軒山等の花の山々も紹介します。

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